空き家化が進む散居村の大屋敷の使い方を模索していたときに、2011.3.11の東北大震災がおこりました。
震災・とりわけ原発事故においては、多くの人々がコミュニティ・ふるさとから離散を余儀なくされ、これまでの生活を失うと共に、これからの暮らし方そのものについても再考すべき局面に立たされていました。

 

2011.3.11に発生した東日本大震災を受けて、特に福島原発による先の見えない放射能問題に対して、いつまでなのかわからない中、

避難者からは、

「知り合い同士で避難したい」

「父親は仕事で避難できず、母と子だけでは知らない土地で不安」

「公営住宅の空き室ではうるさい盛りの子供で周辺に迷惑をかけるのでは」

「ホームステイでは気兼ねしてしまう」

などの 声がありました。

 

2~3組の家族が大きな屋敷でシェアしながら生活できる、この大きな屋敷の空き家が役に立つのではないかと考え、有志の方から空き家の提供を受け、計4組12人の避難者を受け入れました。

 

特殊な事態における避難者の受け入れというケースでしたが、このように大屋敷をこれまでの「個人所有」から「共有」の概念を付与して継承する仕組みをつくることで、時代に応じた人と地域と大屋敷の関係を再構築し、散居村の持続に繋がる新しい場を創出できるのではないかと考えています。